松前藩復領200年記念展示 蠣崎波響作「梁川八景の図」

  

松前藩復領200年記念 蠣崎波響作「梁川八景の図」展示紹介

「まちの駅やながわ」内の展示コーナーにおいて、松前藩復領200年を記念し松前藩家老で画人の蠣崎波響の作品「梁川八景」の展示紹介を行っています。この機会に波響が描いた梁川町の原風景と現在の風景を比べて梁川町の新たな魅力を発見してみてはいかがでしょうか!展示は12月末頃までを予定しています。

蠣崎波響(1764~1826)

明和元年(1764)、北海道松前の藩主松前資広の五男として生まれました。名は広年で、生まれた翌年の明和2年、家老職にあった蠣崎家の養子となりました。波響は幼少時代から絵を描く才能があったといわれていて、叔父のすすめから12歳の頃に江戸の藩邸で、当時、日本画を代表する画家に絵を学びました。その後も絵の修行に励み、上方の京都には三度も修行の旅をしています。文化4年(1807)、波響43歳の時、江戸幕府は松前藩を奥州梁川への国替えを命じ北海道全土を幕府直轄管理としました。藩の家老職という重職にあった波響は、109名の家臣団を率いて梁川に移り住みました。その後、松前へ戻るまでの14年間、政務のかたわら画業に励み毎日精力的に日本画を描き続けました。描いた作品は、風景・花鳥・動物・人物画など多様な作品で、その数は年間200点に及んだといわれ、その絵を売り、苦しい藩財政に役立てました。

梁川八景図

梁川移封時の文化9年(1812)に完成されたといわれており、梁川の原風景を描いたもの。

第一景「壬申初夏従梁川宕獄望城中真景図」(じんしんしょかやながわとうがくよりじょうちゅうをのぞむしんけいず)
第二景「梁川城南門暁暉」
第三景「管廟夜花」(かんびょうやか)
第四景「堺街南望秧針雨」(さかいまちみなみおうしんのあめをのぞむ)
第五景「塩野川製蚕綿」
第六景「梁川渡口秋色」
第七景「大門邨途中紅葉」
第八景「広瀬橋微雪」

お問合せ

まちの駅やながわ
営業時間:9時~18時
定休日:年末年始
TEL:024-573-7235