んばっている人

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第1回 保原町商工会女性部 大橋佐紀子さん

「豆っこでまちおこし」

「みんながいるから続けていけるのよ」

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そう、笑顔でお話してくれたのは大橋 佐紀子さん(保原町)

大橋さんは今や伊達市の特産品と言えば誰もが頭に浮かぶ「豆っこ」を開発、製造している保原町商工会 女性部の部長を務めている。豆っこは3年前から発売されているが、開発が始まったのは更に4年ほど前。大橋さんは女性部長として、そして地元に育ち地元を大切に想う者として、何かまちおこしになるものが作れないかと考え、他の地域の講演会なども積極的に参加しそんな中 豆っこのヒントに出会ったそうだ。

「その瞬間、これって思ったの」

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"栄養価の高い大豆"これを生かしたものを作る。大橋さんと女性部の方々と共に来る日も来る日も研究を重ね、顆粒状にした大豆にじゃがいもを合わせた豆っこが誕生したのだった。もちろん、原材料は全て地場産。まさに"地産地消"だ。

しかし、豆っこが完成しても発売まで問題は山積みだった様だ「手軽に安全で美味しいものを提供したい」大橋さんを中心に女性部は更に結束を強め気持ちをひとつにし、利益ではなく食べる人の健康を第一に考え更に手軽に美味しく食べられる様、試行錯誤し平成16年10月「豆っこ汁」が完成した。

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そして、豆っこ汁は完成翌月に名誉ある「ふくしまふるさと特産品大賞」を受賞した。そこから人気に火がつき、各メディアでも多く取り上げられた。

3年目を迎えた今では豆っこ汁だけでなく豆っこに餡・あやめ(みたらし)・きなこがセットになった「豆っこ三人娘」も発売され全国から注文が殺到している。

商品開発も日々重ねられ近々、大豆と衣の食感がたまらない「コ豆ッケ」も発売される予定。

豆っこシリーズは「豆っこ工房」で作られている。

大橋さんと女性部の方々は各自昼間の仕事や家事を終え自主的に工房に集り、一晩に1200~1300個の豆っこをひとつひとつ手作業でまるめて作る。注文が多い時には町の公民館を借り、女性部員総出で作る事もあるそうだ。

決して楽な作業ではないが、工房は笑顔であふれている。それは、誰もが豆っこを作る時、商売ではなく大切な家族に美味しいご飯を作るような気持ちで作っているからだろう。大橋さんの手抜きも妥協もしない姿勢が女性部員の気持ちをひとつにし、地元への想いを大切にしながら作って来た事が「豆っこ」を伊達市を代表する特産品のひとつにした理由の様だ。

「これからも今のまま作り続けて行きたい、ひとりだったら絶対無理だったわ。だから、みんなと一緒にね」

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大橋さんは将来をそう語ってくれました。 気持ちをひとつに愛情を持って作られる「豆っこ」はこれからも伊達市を代表する特産品として発展して行きそうです。

商品紹介
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お問合せ

保原町商工会女性部:TEL 024-575-2284

株式会社保原振興公社:TEL 024-575-0203

第2回 月舘ふるさと産品開発企業組合 代表理事 太田 良一さん

月館から伊達市の特産品へ「小手姫うどん」

ふるさとを誇りに...

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ふるさと月舘は、やまゆりが咲き四季折々の豊かな自然を感じることのできる場所。この自慢すべきふるさとを知ってもらうために特産品を創りたい。ふるさとを強く想う気持ちを話してくれた太田さん。

そして、そんな想いが創り出した「小手姫うどん」は、合併した今では伊達市を代表する特産品だ。

太田さんが小手姫うどんの開発を始めたのは7年前の平成11年。十数人の同じ想いの仲間たちと3年間の試作を重ね、ついに平成14年12月20日、75人の出資者と共に「月舘ふるさと産品開発企業組合」を設立し総会を開催。小手姫うどんが完成披露された。

安心できるものしか使いたくない

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完成から4年が経とうとしている小手姫うどんは、月舘で作られる「絹吾妻 (きぬあづま)」を原材料に少し黒味がある麺でコシの強さが特徴だ。

輸入小麦を使用する所が増えて来ている中、生産者の顔が見えるふるさとの小麦にこだわる。

「安心だから」

太田さんのこの言葉が地元ふるさとで耕作する方々との信頼関係を示している。

小手姫うどんは月舘町内だけでの販売から始まったが県内外からの問い合わせも増え、今では各所から依頼があり生産量は毎年増えている。それでも安心できる材料しか使わないというこだわりはそのままだ。

出資者が実働部隊

想いを込めて創り出された小手姫うどんは、その美味しさから口コミで注文も増え多くの店舗で取り扱いたいとの要望も増え続けている。

太田さんは「趣旨に賛同してくれて自ら行動してくれる人たちだけでやっています。」、そう話してくれた。

利益追求ではない気持ち。

安心と美味しさに自信を持ち、苦労や試練を乗り越えてきた人たちだからこそ自ら行動し、PRできる。だからふるさとが守られていく...。

そんな真っ直ぐな想いが、小手姫うどんを始め多くのふるさと特産品をこれからも生み出してゆくかもしれません。

商品紹介
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お問合せ

月舘ふるさと産品開発企業組合
〒960-0902 伊達市月舘町月舘字町6-7 TEL.024(572)2421

第3回 梁川町ざっと昔の会会長 横山 幸子さん

ふる里の言葉で語り継ぐ...。「昔ばなしに魅せられて」

日本全国はもとより、世界各国にも出前に行きます!

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子供たちが元気に走り、笑い、賑やかな時間の中、横山さんが子供たちの前に立ちお話を始めた。途端に子供たちは魔法にかかったように横山さんに吸い寄せられ、ふざけ合っていた子でさえ目を輝かせ真っ直ぐに横山さんのお話を聞き始めた。

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「子供に語るのではなく、子供と語らうのよ」

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そう横山さんは言った。その言葉の通り、静かに「語る」のではなく心でキャッチボールをするように一人一人むけて、全身を使って楽しさ、悲しさを表しお話を子供たちと「語らう」子供たちは一緒に笑い、悲しむ。それが横山さんの昔ばなし。

横山さんは「梁川町史 第1巻」の昔ばなし口伝え編を手にしたことでふる里の言葉、暖かさに魅せられて昔ばなしを始めた。その後、これは誰かひとりのものであってはならない。皆のものであると考え仲間を募り「ざっと昔の会」を発足させた。今では14人の会員と共に子供たちを中心とした後継者の育成に精力を注いでいる。

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「私たちは駅伝ランナーだから」

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暮らす土地の風土を知り、暮らす土地の大切に思う。そこにあるものを共有し続けてゆくから昔ばなしは生きている。そんな昔ばなしを今、この土地で育つ子供たちに伝承してゆく...。横山さんの想いは会の想いとなり、途絶えることなく次の世代、そして又次の世代へと「たすき」として繋がれていくだろう。

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お問合せ

ざっと昔の会 TEL.024(577)3972(会長 自宅)

第4回 りょうぜん天蚕の会会長 柳沼 泰衛さん

「誇るべき歴史を心癒される萌葱色に...」

「全然、違うでしょう?」

柳沼さんが言う通りだった。

歴史ある土地で育ててゆく

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繭は柳沼さんの言うように「萌葱色」に輝いていた。その大きさは約5cmほどで、カイコの繭よりかなり大きい。また、稀れには突然変異で黄色系の繭ができることもあると言う。

分類もヤママユガに属し、カイコが桑を餌とし白い糸を吐くのに対し、野生のテンサンは雑木のクヌギやコナラの葉を食べ、自然の光の中で保護色の緑色の幼虫体で過し60日ほどで黄緑の糸を吐いて繭をつくる。そのような違いが、この美しい繭を作り出している。

伊達市霊山町は日本最初の養蚕伝習所が発祥した歴史を持ちながら、農産物の国際化の波に押され、その歴史さえ忘れ去られようとしている。

そのことに天蚕飼育を契機に歯止めをかけるべく、柳沼さんが中心となり「りょうぜん天蚕の会」を発足させた。

自然の生態系を大切に

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今では約20棟の飼育ハウスでエゾノキヌヤナギを利用しテンサンを飼育している。

併せて育ったテンサンを山へ戻し、自然飼育も行っている。

「常に天敵との戦いだよ」

テンサンは鳥や野ネズミのかっこうのエサになってしまうため、その対策にも苦労を重ねてきた。柳沼さんは元々、長きに渡り養蚕に関する業務に携わり、退職後も県農業会議ふるさと福島塾の事務局長も勤めた方だ。

自然が壊され、生態系がドンドン変わってゆくのを目の当たりにし、ふるさとの自然環境の保全の大切さを伝えながら、会員一同の協力のもと、積極的な活動を続けている。

山の神様の贈り物

天蚕を知って欲しいと柳沼さんら会員は「親子天蚕繭工芸教室」や飼育体験・観察会などの交流活動やボランティア活動をしている。

更に、この繭の萌葱色を生かして、会員の八島利幸さんらが中心となりタイピンやブローチなどの加工品の開発も行っている。

この魅力ある加工品は今後、霊山町内を中心とした施設で本格的に販売される予定だ。

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ただ歴史を懐かしむだけではなく、広い人的交流の輪が生まれるようにと様々な活動を通じ、天蚕繭生産拡大、そして利用拡大を目指しているのだ。

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最後に、柳沼さんと飼育ハウスを訪れた。

テンサンは春にふ化し6月以降に繭を作る。季節はまだ早く、蚕を見ることは出来なかったが柳沼さんが大切に想いを込め、飼育に携わっていることは、容易に見てとれた。

萌葱色に輝く繭はまさに山の神様の贈り物であるが、柳沼さんの考える「人と豊かな自然づくり」がここから始まり、今後広がってゆくことだろう。

お問合せ

りょうぜん天蚕の会
〒960-0804 福島県伊達市霊山町中川橋本9
TEL.024(586)3004

第5回 伊達 手芸家(マザーズキルトハウス代表) 小野 千鶴子さん

「ひと針、ひと針に想いを込めて...」

生き方を変えたキルトとの出会い

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小野さんがキルトを始めるキッカケは1975年からTVで放送された「大草原の小さな家」を偶然、目にした所から始まった。

アメリカ開拓の人々を描いたこのドラマのなかに登場するパッチワークキルトに心を奪われた。その頃、小野さんは小さなお子さんを持ち家事育児に毎日、奮闘していた。

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「何か私に出来ることはないかしら?」

そのドラマとの出会いは女性の自立について、メディアが注目がし始めた頃で、小野さんは日々の生活の中で自分なりに打ち込める何かを探していた時だったのだ。

「キルトがなければ人生は変わっていたかも」

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そして、日常への感謝、常に前に向かう姿勢など、大草原の小さな家から教えられ、励まされた小野さんは、一念発起、幼い子供2人を旦那様に預け、TVの画面で見たアメリカ開拓の歴史や当時の建物に触れるべくアメリカに出かけるなど、キルト研究家の「マクドナ・ミワコさん」とも出会い本格的にキルトの世界へ踏み出したのだ。

「キルトは芸術ではなく民具であってほしい」

本来、キルトは古着などから取った端切れを縫い合わせた表と芯、裏の三層を重ね刺し縫いしたベッドカバーのこと。どんな端布も活かして使う人間の知恵から生まれたもの。

暮らしの中で使ってこそ意味がある。小野さんはキルト作りを教え、活かすことで、今、失われつつある親が子供たちに手渡す文化、手で創り出す世界の楽しさを伝えようとしている。

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小野さんが1歩を踏み出した頃はまだ、首都圏からのみ情報が発信されるといわれた時代。

「自分の経験で若い方々の後押しをしたいの、それがこれからの仕事かしら」

自分自身が情熱を持ち行動し、キルトに出会い、人に出会い、今では雑誌にも多く取り上げられている小野さんだからこその言葉。


時代は移り、今は地方でも身近に学ぶ場所や情報発信出来る所があることを教えてくれたのが小野さん。

今は、自宅の一部でお教室だけでなく、娘さんが雑貨屋を開いている。絵本などもあり温かな空気が感じられるディスプレイだ。


近所の子供たちや若いおかあさんたちでにぎやかな店内。きっと、小野さんが伝えて行こうとしているものがここにあり、その魅力が人を呼び、人を集わせているのだろう。

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お問合せ

マザーズキルトハウス
伊達市篭田1-10  TEL: 024-583-4316 FAX : 024-584-2306

2年に1度キルト展が開かれます。
福島駅ビルネクストホールには毎回100枚のキルトが展示されます。

直にお越しいただければ数点のキルトがご覧になられます。

第6回 革製品製作・販売  ホークフェザーズ 代表 高林 宏行さん

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今回は伊達市で革製品の製作・販売をしている高林さんにインタビューしてみました。

工房は保原町と伊達の境目にあるHAWK FEATHER.S(フォークフェザーズ)革製品の製作・販売のほか革製品を修理したりバイクのシートなども手がけています。

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趣味から始まった革製品製作。

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今から10年位前に趣味として始まった革製品作り、作るきっかけとなったのは自分は革製品が好きだけど自分自身が欲しいと思うのが見つからない、だったら自分で作ってみようというところから。

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もともと絵を描いたりするのが好きだったという高林さん、独学ではじめた頃は知人に基本的な革製品の作り方を教えてもらったり、いろいろな店を見て回り、商品を買い、それをばらして作り方を自分で学んでいった。

一つ一つ丁寧に妥協することなく。

一つ一つが手作り。

動物の皮は部分によって特徴が違うので、高林さんは、その特徴をいかせるような作りを心がけているという、実際、工房に足を運んだ人は知っているかと思うが、高林さんが作る革製品は一つ一つがハンドメイドで丁寧に作られている。 また、お客さんに合わせたオーダーメイドで製作することも可能で世界に一つ、自分だけの革製品を持つことができる。

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「とにかくこの仕事をずっとやり続けることともっと商品の幅を増やしていきたいですね」と将来の構想も語っていただきました、今後も妥協することなくオリジナルの革製品を生み出していってください。

商品の一部を紹介

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お問合せ

〒960-0501 福島県伊達市字伏黒薬師堂127-3
電話番号 090-4477-4103
メールアドレス info@hawk-feathers.com
HP http://www.hawk-feathers.com

第7回 りょうぜん里山がっこう/パン工房ポレット 緑川 智子さん

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霊山の里山がっこうが立ち上がったのは今から約8年前、里山がっこうは霊山神社から車で3分、のどかな自然の中にある。

この場所は石戸中学校の建物を移築して繊維工場として使用していた。 その後工場が閉鎖し、平成12年に体験交流施設の里山がっこうが立ち上ることとなった。

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家族一体となっての運営

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自分の親が里山がっこうで一生懸命やっている姿をみて、自分もなにかやらなくちゃと思えるようになってきたという、そんな緑川さんは普段はパン教室や工房の方をきりもりしている。

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ポレットのパンはちょっとめずらしく米粉を使ったパン、その米粉パンの作るきっかけを尋ねたところ、米の自給率を上げて米を食べることをもっと広げていきたい事と美味しい米をつかったパンを食べてもらいたいとの思いから。

そんな思いからか、パン教室は施設の中で一押しの教室となっている。

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学校を支える局長、理事を始め、家族が一体となって取り組んでいる里山がっこうはお客さんに「ここに来ると家族を感じる」と言われることも多いという。そんな家族同士で施設を運営していることについて尋ねると、気負い無く言いたいことは言えるしとても気が楽だとか。

「ただ、意見が合わないと本気で言い合いになるんですよ(笑)」と施設に対する思いが強い家族同士なのだと感じられた。

最近NPOになり、更なる今後の目標を聞いたところ、もっと多くの方に来てもらうことと地元の方とのかかわりをもっと深くしていきたいとのこと、更には体験教室・パン教室をもっと広げていきたいと目標は尽きない。

一押しの教室はパン教室!

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学校の中にはパン工房「ポレット」があり、焼き立てのパンを食べることができる。

原材料に米粉を使用していることもあって、しっとりもちもちしているのが特徴。

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米粉で焼きあがったパンはふっくらモチモチ

多彩な教室

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教室はパン・ピザづくりの他、木工教室、器・陶芸教室、染色教室、絵手紙教室、懐メロ教室、サバイバル体験教室、などなど多彩な体験教室を行っている、学校の中に入ると、先生の制作した作品が教室内、廊下などに所狭しと展示されている。

お問合せ

〒960-0804 福島県伊達市霊山町大石字細倉17番地
TEL 024-587-1032
HP http://www.date-satoyama.com/

第8回 あすなろの里 小関裕美子さん

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現在、霊山でアート館とつりぼりを経営している小関さんにお話をうかがいました。

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この場所を選んだきっかけは

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もともと都内に住んでいた小関さんは霊山に来てまる6年になる。ギスギスとした都会の中で暮らすより、いつかは田舎の自然の中での暮らしたいと思っていた、そんな思いもあり探していたところ、ちょうど霊山の土地が空いていた。広い土地といってもなんの手入れもされていない只の山、竹薮や木々を切り倒し、 1年から2年の歳月をかけ土地を利用できるように開拓していった。

すべてが手作りでの「あすなろの里」

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都会からやってきてから2年後、今のあすなろの里の原型が出来た、さて、何をここでやろうと考えていたところ知人に土地をうまく利用するなら、つりぼりをやってみてはどうかという案をいただき、つりぼりをやるようになった。

もちろん最初からうまくいくわけではなく、土地の整備、水の調整、池の管理と運営につながるまでくろうしたとか。

明治に立てられた家を改装したアート館

つりぼりが完成した後、アート館を立ち上げた小関さん、どうしてアート館を立ち上げたのか、あすなろの里の名前の由来とともにうかがった。

「絵画教室あすなろ」という名前で小関さんは生徒たちに絵画をおしえていたとのこと、そしてそこから癒しの里という意味と夢と希望を持った「あすなろの里」という名前をつけたという。

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これからはの目標は

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これからはもっともっといい里にしていきたい、今はまだ、アート館とつりぼりしかないが大人も子供も遊べる空間をつくっていきたいとのこと、もちろん自然の中にあるものを活かして。

お問合せ

〒960-0807 福島県伊達市霊山町石田字見入石63
TEL 024-564-5350
HP http://www5.ocn.ne.jp/~asunaro/

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第9回 TRATTORIA La Wasabi (トラットリア ラ ワサビ) 店長 末永俊一朗さん

はじまりは

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両親が食堂を運営していたことで小さい頃からその環境に育った末永さんは、お客さんと気軽に会話が出来る飲食店が好きだった。

もともとイタリア料理店を出したいと考えていたわけではなく、高校卒業してすぐに住み込みで仙台の寿司屋に就職、その頃寿司職人になると決めていた末永さんは自分がお店を持ったときの名を決めていた。その決めていた名前が「わさび」で現在のLa Wasabiとなる。

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由来を伺ったところ「わさび」という名前は、寿司屋になろうとしていたことと発音の響き、それから誰でも覚えやすいからつけたとのこと。

その後、仙台の寿司屋を辞めて、食堂の後を継いだ末永さんは、「本当に自分のやりたいものは何だろう」と考えるようになっていった、その頃に妹が結婚し、妹の旦那がイタリア料理店にて修行していたのがきっかけで自分もイタリア料理の店を出したいと思うようになった。

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レストランオープン

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その後、2002年の11月にイタリア料理店オープン。

お客さんの笑顔が見え、お客さんの声が聞こえる、そんな食堂のようなイタリア料理店にしたいとの思いからLa Wasabiの前に「小さなレストラン」、「気軽に食べられる食堂」などを意味するTRATTORIA(トラットリア)というネームを付けた。

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お店をつくるにあたって、とにかくお客さまがまた来たいという店、自分が客観的に見て行きたいと思う店を目指したという、立ち上げてから試行錯誤の連続、どんなものをお客さまに提供していったらいいのか研究していたとか。

そんな「自分自身で納得できる料理や店創り」から始まったLa Wasabiは、生産者の顔が見える食材を使いたいという思いから、伊達市の食材を多く使っている、伊達市で採れた食物とイタリアにしかない食材をつかってどれだけいいものをだせるか日々試行錯誤している。

食事はコミュニケーション

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お店をやっていて一番の願いは?との問いに、このLa Wasabiに来店されたお客さんが、とにかくその場の空間、そして食事を楽しんでいってほしいとのこと、そんな思いから、いっさい妥協しないこだわりを持った食材、料理、そして空間を提供することで、今では、伊達市はもちろん、福島市からも、遠いところからは仙台市からもお客さんが来店するようになっている。

地域とのかかわり

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最後にこれからの目標を伺ったところ、お店として地域密着、そして地域に根付いた活躍をしていきたいと思っているとのこと。例えば、学校で食育の話、料理教室などをやってみたり、イベントがあったら、そのイベントとも食を通して係りを持ちたいとのこと。

今後もTRATTORIA(食堂)という原点を忘れずに、La Wasabiという空間を楽しませてほしいと感じた。

お問合せ

〒960-0622 伊達市保原町字市柳町1-1
TEL 024-575-5363
営業時間
・ランチ11:00~14:30(ランチタイムのご予約12:00迄)
・ディナー17:30~22:00(オーダーストップ21:00)
定休日 毎週水曜日(祝日の場合翌日・月1回連休あり)

第10回 自然食料理研究家 よーこばっぱ 本田 洋子さん

食べることは、生きること

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本田さんは、地元で採れる米、小麦、野菜、山菜、木の実といった自然の食材をつかい食の大切さを子ども達やその親、学校の先生らに伝えている。


最近の子供はすぐキレる子が多くなった、生活習慣病が子供に増えている、ということをよく聞くが、それは食が乱れているからだという。コンビニ弁当やインスタント食品、外食がすべて悪いとは思わないが、家族が食卓にあつまって、コミュニケーションをとりながら食事をすることの大切さを子ども達の親へ伝えている。食べることで人間は生きているから、食べる物がダメだと身も心も健康に育たない。

「食は命なり」という信念があるからだ。

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というのも本田さん自身、若い頃、疲労から来る体調不良で擬似白血病を患ったことがあり、自然の食べ物で自分の体質を改善しようという思いで、山歩きの日々を送っていた時期があった。その中で出会った薬草、木の実、山菜、それらの自然のものを食べて病気を克服した経験から、食べものの大切さと偉大さを誰よりも知っているのだ。

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こうした自身の体験から、本田さんは自然食品、そして郷土料理にこだわりつづけている。それが縁で交流が始まった伊達市保原町にある「マルベリー」の赤間さんと桑料理を創作。以前「がんばっている人」で紹介した月舘町の太田さんとは月舘の特産品「お手姫うどん」を開発、最近では、同じく本コーナーで登場いただいた保原町「ラ・ワサビ」の末永さんと自然の食材、地元の食材を使った料理をお互いに研究している毎日だ!!

また、地元で採れた旬のものを使い、子ども達に手造りの味、郷土料理を教え、先人の知恵を未来につなぐ活動も行っている。


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「今のおかあさん達は我が子に何を食べさせていいのか分からない。ちゃんとしたものを食べさせないと、子供がまともに成長しないのよ」と本田さんは言う。「これからも、食の大切さ、自然食や郷土料理の良さを伝承していかなきゃという使命感で日々がんばっています」最後に今後の目標を尋ねると、「月舘の『交流館もりもり』に薬草園をつくる計画を現在進めています」という答えが返ってきた。本田さんの活動は、これからもますます広がっていきそうだ。

2009年6月28日に行われた「よーこばっぱのおいしい里山・山のデザート」の様子
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