広瀬川と布川に挟まれた天然の要害です。本丸跡・二の丸跡・三の丸跡・空堀跡があります。南側の真徳寺付近が大手門跡と見られます。戦国期に須田伯耆(ほうき)が居城したと伝えられていますが、それ以前の城主は不明です。須田はもと須賀川二階堂氏の家臣須田某の一族で、のち伊達輝宗家臣となり、大波大膳の家中に属したといわれています。天正12年(1584年)10月、伊達輝宗に殉死しています。子の須田伯耆は伊達政宗を裏切り、伊達家を離れて、蒲生氏や上杉氏の家臣となりました。
- 住所
- 福島県伊達市月舘町
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3281
下手渡藩は、文化3年(1806年)、立花種善(たねよし)侯が九州三池藩から伊達郡内に10ヶ村1万石の領主として移封されて開かれた藩で、以来63年間続きました。
- 住所
- 福島県伊達市月舘町下手渡字天平25-2
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
上小国地区に老木の駒ヒメ桜があります。斜面からせり出す樹根と幹は太く大きく、逞しいです。大きな空洞がありますが、毎年美しい花を咲かせています。根周り5.8メートル、高さ14.8メートル、樹齢は約500年といわれています。市指定文化財。
- 住所
- 福島県伊達市霊山町上小国駒場68-1
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
掛田の町並みを一望できる標高225.2メートルの山です。山頂には公園記念碑、山腹には郷土の歌人佐藤嘲花の歌碑と同詩人高橋新二の詩碑があります。(所要時間:30分)
- 住所
- 福島県伊達市霊山町掛田
- TEL
- 霊山総合支所地域づくり課 024-586‐3402
南北朝の動乱によって焼き払われ、跡形もなく消え去った霊山寺。その後霊山寺は、寛永17年(1641年)に寛永寺末寺として復興し現在に至っています。参道には、先祖の供養のために建てられた鎌倉期の板碑があります。
- 住所
- 福島県伊達市霊山町大石字倉波14
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
金剛山長谷寺は新義真言宗豊山(ぶざん)派に属し昔時(せきじ)より中本寺常法談林所と称し、学問修養の道場とされ、伊達西根、東根66郷、小手の庄21郷の惣本寺としての寺格をもち、真言宗の本郡本寺でありました。本尊は五智如来です。
- 住所
- 福島県伊達市保原町五丁目30
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
社伝によれば、建久2年(1191年)伊達朝宗が高子カ岡城に入るとき、信州諏訪より勘請して当地に石宮を建立しました。
慶長2年(1597年)正月地守氏子渋川泰鎮、祢宜(ねぎ)原田庄太夫竹入治右衛門等の力により拝殿を造営しました。
- 住所
- 福島県伊達市保原町富沢字諏訪森13-1
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
八幡台の段丘上にある赤傘松で、目通り幹回り3.9メートル、本市指定の天然記念物です。
建武年中、北畠顕家が義良(のりなが)親王を奉じて村岡八幡宮に戦勝祈願をしたとき、親王は駒を止めてこの松を嘆賞されたといわれています。
- 住所
- 福島県伊達市保原町八幡台101-1
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
伊達家15代晴宗は父稙宗(たねむね)と常時意見の対立があり、稙宗が三男実元を越後上杉家に入嗣(にゅうし)させようとしたことが導火線となり、晴宗は遂に父を西山城に幽閉しました。
- 住所
- 福島県伊達市保原町上保原
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245
高子ヵ岡舘は、伊達家の始祖朝宗の居城跡といわれています。
- 住所
- 福島県伊達市保原町上保原字丹露盤
- TEL
- 伊達市教育委員会 024-577-3245